声優をやりたい人が部活で舞台をやっていて「舞台の経験は声優になるのに有利になりますか?」という質問をくれることがあります。声優になるのに演技経験があった方が「未経験」の枠からは外れるので安心できると考えているのでしょう。
演技経験に関しては賛否あります。私個人としては、舞台の経験は声優としての演技経験として有利になるということはないと思っています。同じ演じるというジャンルなのになぜ?と思いますね。その理由をご説明しましょう。
もくじ
声優と舞台とTVの演技の違い
同じ「演じる」ことなのに、舞台を経験しない方がいいのはなぜなのか。その理由は声優と舞台、TVでの演技の違いにあります。その違いを理解しないまま、また理解していてもそれを演じるときに活かせなければ、マイナスの評価になってしまうこともあるのです。
声優はできているものを演技する
声優の仕事であるアニメと吹き替えの仕事について考えてみます。
アニメの場合、絵が半分くらい出来上がった状態でのスタートです。すでに出来上がったキャラクターがあり、仕草や表情もある程度決まっています。アニメの場合は、線画といって、絵が出来上がっていない状態での収録になることもあります。
そのため、声優の仕事としては表情や仕草をあらかじめイメージの中で半分くらい作り上げておく必要があります。半分だけ完成させておくというのは理由があります。アニメの収録の場合は、現場でリハーサルで通します。その後マイクの立ち位置などを共演者と打ち合わせ、本番になるという流れです。実際の収録はたったの2回通すイメージです。
共演者の演技に合わせて、ある程度自分の演技を合わせたり、相手に合わせてもらうなど現場で変更しなくてはならない部分もあるからです。
吹き替えの場合は、外国の俳優さんがすでに演技している「形」に合わせて演技をします。
すでに表情や仕草は演じられたものが出来上がっている状態です。その中に日本人に向けてアレンジされた声の表情や仕草を入れ込んでいく作業になります。吹き替えの場合はスタジオに入るときにはすでに9割以上完成させておく必要があります。
舞台は自分で作る部分が多い
舞台の稽古期間は長いことが多く、台本をもとに解釈しおおよそ1か月~2か月くらいかけて、作りこんでいきます。出演者や演出家と意見を交わし、1つの作品を稽古を通して作っていくのです。
声優との違いはゼロから作っていくところ。舞台は表情から仕草まですべて自分で作ることが多いのが特徴です。
TVでの演技はカメラの存在がある
TVでの演技は先にご紹介した声優、舞台と違い「カメラ」を意識することが必要です。表情がTVを通して鮮明に映し出されるので、どちらかというと自然な演技が求められます。舞台俳優を長くやった人が、濃い演技をしすぎて浮いてしまうこともよくあることですね。
もちろん作品の方向性で濃い演技を求められることもあります。舞台の場合は、観客がその場に居て、観客までの距離が遠いのです。役者の姿は遠目から見ても伝わるように濃く作り込んでいきます。
TVの場合はカメラを意識して、どう見せるかが重要だということです。
声優と他の演技は似て非なるもの
声優、舞台、TVでの演技で決定的に違うのは「距離感」です。声優の場合は、自分が映像の中に入っているイメージです。舞台は観客にも伝わるように濃い演技をします。TVの場合は、カメラを通して見える自然な演技をするのです。
例えば、振り返るという演技で考えてみましょう。
・声優の場合
仕草は絵で主に伝わります。演技としては、無音か声を入れるのなら息の音をいれるくらいの演技になります。
・舞台の場合
首だけ振り向く仕草では、遠目に見た時に分かりづらいので、体ごと振り返る演技をします。首だけ振り返る場合は、キレよくすると伝わりやすいですね。
・TVの場合
状況にもよりますが、自然に振り返る演じ方をすることが多いでしょう。そのとき、視線に注意します。TVでは視線がかなり重要だと思われます。
他の例で考えてみましょう。「おーい!」という遠くから声をかける演技です。10m先の人に声をかける演技だとします。
・声優の場合
絵の距離に合わせて、10mの距離にピッタリくる「おーい!」というセリフを発します。大きすぎてもいけませんし、小さすぎてもいけません。
・舞台の場合
舞台上で10mの距離を実際にとっているわけではありません。そこで、演じる人は観客席を向いて、「おーい!」とセリフをかけます。このとき、現実の10mの人に声をかける演技では小さすぎます。20mくらいの距離があるくらいの大きな演技をします。
・TVの場合
TVでの演技の経験はないので、想像の部分もあるのですが、実際の10mくらいの距離をとることもあると思います。ただし、顔がアップになる可能性もあるので、表情や視線には細心の注意が必要です。
このように、声優と舞台、TVでの演技は、根本的な台本の解釈は同じでも、演じ方、見せ方が違います。
TVや舞台俳優がなぜアニメに出ると違和感があるのか?
最近では、TVに出ている芸能人や舞台俳優さんがアニメの声優として出演していることも多くなっています。これは演出としての出演というよりは、そのアニメの視聴率をあげる目的なのです。
そして、TVでは有名な俳優さんでも、アニメの声優として出演したとたんに、のっぺりとして抑揚のない演技になってしまうことが多々ありますね。なぜ上手な役者さんが声優として出演すると演技が下手になってしまうのでしょうか。
演技の質が違うことを理解できていない
声優と舞台とTVでの演技の質が違うということが理解できていないのが原因です。特に距離感は、声優と舞台とTVでは全く異なります。この違いが理解できていないと、チグハグな演技になってしまうのです。
違いを理解できても難しい
一応距離感や演技の質が違うことが分かっていたとしても、すぐに演技に反映できる人は少ないです。TVでの自然な演技は上手くても、声優となると素人のような演技をする人もいます。
演技が全部合わせて100だとすると、TVでは見た目、表情、仕草、声などで全部合わせて100にします。声優の場合は、声だけで100の演技です。舞台の場合は、観客に届けるという意味で見た目、表情、仕草、声など全部合わせて、120とか150くらいの演技にしないと伝わってきませんね。
この違いを理解して対応出来ている人は、TVの演技から声優の演技になったときでも、切替て演技できているので違和感もありません。この違いを理解できないか、理解していても演技に反映できない場合には、見ている人が大きな違和感を抱いてしまうのです。
声優になりたい人は舞台をやるべき?
今回の本題です。声優になりたい人が舞台を経験することを私がおすすめしない理由はいくつかあります。
距離感がつかめず混乱する
舞台での演技と声優の演技にはかなりの違いがあると説明しました。この違いがしっかり理解できないと、距離感がおかしな演技をしてしまいます。舞台上で声をしっかり届けるべきところで届かないとか、声優としての仕事で、キャラクターは近くにいるはずなのに何メートルも先にいる人に話すような演技になるとかですね。
演技というのは、声優も含めて自分の体を自由に使いこなす技術が必要です。この違いをきちんと理解して、対応できる人は少ないんですよ。私も舞台経験があったことで、声優での仕事で距離感が掴めず失敗だらけでした。
声優は役者の一部だが演技の制約が多い
舞台役者さんはゼロから演技を作るため、そのクリエイティブな作業が好きな人は声優の仕事はつまらないと言う人もいます。声優は役者の一部ではあるのですが、絵は既にできており、ある程度のキャラクターもある上で演技します。
舞台と比較すると声優の仕事は制約が多いので、舞台役者さんは声優の仕事を嫌う人もいるみたいです。声優が舞台に立つときにも「あの人動けないから」と批判されることもあると聞いたこともあります。
私がいたあかぺら倶楽部という劇団も「声優劇団」というイメージがあり、一般の劇団とは少し違う目で見られることもありました。
舞台を経験していることは有利にはならない
声優養成所の入所オーディションで「高校時代、演劇部にいました!」と意気揚々と披露する人がいます。演技経験があるので、有利になると考えての発言だと思いますが、実は高校の演劇部にいたことはマイナスになってしまう可能性があります。
高校の演劇部の演技指導は誰がやっていますか?おそらく顧問の先生であることが多いでしょう。しかも地方の演劇部だと、ほぼ100%演劇経験や舞台が好きな先生が顧問です。そしてその顧問の先生は演劇のプロではありません。
プロはプロにしか育てられません。間違った演劇スキルを身に着け、それを披露してしまうことでマイナス評価になってしまうこともあるのです。
実際私は舞台の経験も少しあり、声優養成所時代にも劇団にも所属していました。しかし、演技の違いを掴むのに時間がかかり過ぎてしまい、混乱してしまいました。声優事務所でお世話になったミキサーさんから「舞台の演技だ」と言われ続けていました。
声優をやりながら、舞台もやりたいと思う気持ちは理解できます。でも、その違いを理解し対応できる技術が身についていないのなら、まずは声優の職業に集中する方がいいかなと思います。